製薬企業では、患者と疾患を理解するためにペイシェント・ジャーニーが使われています。しかし、それは十分に活用できていないことが多い、と15年間さまざまなブランドと協働してきた経験からスリーロックは感じています。例えば、患者像が抽象的だったり、現実的な患者視点に立てていなかったりするのです。それでは「戦略に役立つペイシェント・ジャーニー」をどの視点で作っていくべきなのか、考えてみましょう。
米国では患者中心がビジネスに直結
製薬業界におけるPatient Centricity(患者中心)の考え方は10年以上前、ブロックバスター時代のプロダクトアウト戦略から、少しずつエンドユーザーである患者の立場をより理解し、配慮する見方が出てきたことで重要視されるようになりました。
そのきっかけは米国のDTC(Direct to Consumer)の影響が強いと考えられます。米国では製薬のブランド名の広告CMが規制されていないので、一般消費財の購入を喚起するように、「Brand Xについてあなたの先生に相談してください!」といったメッセージがテレビや雑誌で展開され、疾患啓発が行われています。最初はプライマリ・ケアや「未病」の患者を掘り起こし、受診させる目的のものが多かったのが、いまでは治療中のがん患者、未診断の希少疾患の対象者まで広がりました。DTC広告費の支出は増加傾向にあり、ビジネスへの影響が極めて大きくなっています(グラフ参照)。
このような背景からグローバル企業の影響で、患者を理解し行動変容を促すための骨組みとしてペイシェント・ジャーニーが日本の業界用語として使われるようになりました。ペイシェント・ジャーニーは、「特定な患者の受療行動全体の流れを可視化して分析し、企業としての介入(レバレッジ)機会を抽出するための分析ツール」と定義します。マクロの観点で定量化されているペイシェント・フローと同様に検診、受診、治療開始、脱落といった分岐点で、患者がたどるプロセスをより定性的に評価し、追体験を行います。
患者×医療者で課題・ニーズは変わる
米国の製薬業界においては、受診促進だけでなく、地域・病院・個人の医療保険がカバーする範囲の違いにより治療脱落しないように支援を行うPSP(Patient Support Program)を展開しています。製薬会社がさまざまな観点で直接的に患者との接点を持ち、PSPを行ううえでは、ペイシェント・ジャーニーの果たす役割は大きいです。しかし日本では医療制度上、製薬会社が患者との直接なコミュニケーションを図る機会は少なく、あったとしてもペイシェント・ジャーニーを形式的に作ったという程度で、十分に活かせていないブランドが多いとみています。もっと実践的に利活用できるものを作成するには、二つの問題を解決しなければいけません。
一つは、何のためにペイシェント・ジャーニーを作っているかをよく考えてから作業に入ることが大切です。患者が生まれてから死ぬまでといった長い期間でジャーニーを設定すると確かに患者への理解は深まります。ただし、特に進行型の慢性疾患や複雑な治療を要するスペシャリティ領域では、全体的なジャーニーを作ろうとしたら大がかりとなって、チームが豊富な情報に溺れてしまい、結果的に大切なポイントがみえにくくなります。
そうならないためにも細かい分析に入る前にデータを利用し、大事な介入点を定義しましょう。ここでペイシェント・フローを利用することがポイントです。定量的かつ客観的な指標を用いて、フローの中で「最適な治療に至っていない患者群」がどこにいるかを確認しながらマッピングを行います。ビジネスインパクトの大きい順番で優先順位を決めて、定量的に注目すべきステージを探ります。
そのうえで「定量的な可能性がみえるが、本当にレバレッジポイントになりうるのか」を判断します。ステークホルダーとして誰が関わるのか、行動変化は患者の治療結果にどんなインパクトを与えるのかなどを考え、自ブランドの戦略との関連性、行動変容の容易さ、必要な時間の長さなど、実行可能性を今一度チェックします。そうすることで、ペイシェント・ジャーニーをマーケティングリソースとしてより有効的かつ効率よく活用することができるのです。
最初から全体を作成するよりも患者の体験の過程において重要な一区切りを意識し、小説のなかのチャプター(章)のようなイメージを持ちましょう。一例として、図では「治療前」「治療中」「進行」と章を区切っています。治療前に大事なのはどこか、確定診断がついてから治療選択までの流れはどうなのか、最適治療に貢献できる、できないなどがあるはずなので、まずはフォーカスすべき「章」を選んでからそこを掘り下げて分析すべきです。目的は、きれいな全体図を描くよりも製薬会社が役立つ点を抽出し、深い理解が得られるようなものをつくることです。
もう一つの問題は、製薬会社としての立ち位置、トランザクション(取引)ベースでペイシェント・ジャーニーを作成してしまうことが多い点です。自社の製品を軸として強引に患者ニーズを当てはめたり、大まかな診断や治療の手順といった理想的な治療アルゴリズムに近い、都合の良い治療の選択を示したりしがちです。患者の複雑な感情、不完全または間違った情報の影響におけるフラストレーション、先生との信頼関係の変化といったエモーショナルな要素に欠けています。治療はエビデンスベースが基本ですが、ロジカルに動く前提で戦略をつくると実現性に欠けてしまいます。結果的に抽象的な話にとどまっていて個々の患者のニーズに落とし込みができません。従って課題は「平均化」されてしまい、事実でありながら役に立つ、具体性やエッジのある情報ではないので解決方法につながりません。正しいけれど役に立たない記載項目を並べても、もったいないだけです。
解決方法の一つとしては、ペイシェント・ジャーニー作成の際に患者を個別化できるようなペルソナ(患者プロフィール)を設定することを心掛けてください。ある疾患の代表的な1人の患者像を軸にしてペルソナを作成しますが、時には何人もの患者像になるかもしれません。“平均的な患者”などは存在しないからです。
なお、一つだけのペルソナでもの足りないケースが多いので、複数の患者イメージを作ったほうがよいでしょう。発症年齢、症状の状況、病院へのアクセスなどといった違いによって大きく体験が違うキャラクターとなり、最適治療を受けるために異なる支援を必要とする人々がイメージできればベストです。患者が受ける治療体験は千差万別ですが、ブランド戦略に役立てるためにはセグメント別に、最大3つ程度のペルソナを作成することをお勧めします。
さらに強化すべき点として、どのような患者と医療従事者、その他のステークホルダーが出会うのかが重要なことから、エンドユーザーである患者のジャーニーだけでなく、他のプレーヤー(主に医師だが他の関係者も含む)を意識するためのカスタマー・ジャーニーを同時に作成します。
ある疾患の治療においてポイントとなるステージで、患者と医療従事者の組み合わせによって課題やニーズは変わってきます。そして適切な介入は、患者の治療過程によい変化をもたらします。スリーロックではこのコンセプトを、「医療ニーズの交差点」と呼んでいます。
後編では、このコンセプトを拡大し、さらに行政、地域をはじめとしたステークホルダーを含め、患者に寄り添いながら必要とする支援・サービスを提供するヘルスケアの「コミュニティ・アライメント」が目指すべきところをお伝えします。
https://www.3rockconsulting.com/insight/journey02/
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